びっくりしたが、深夜にクルマで丹波まで走るのは、今のボクにとって危ないので、早朝に丹波に向けて出発した。
途中、高速の追い越し車線で突然タイヤがパンクしたが、自動車保険に電話をしたら30分ほどで救援の人が駆けつけてくれて、取り敢えず応急処置をしてもらった。
たどりついた丹波の自宅は、つつじの花が満開に咲いていた。
また、いつも母が仕事に精を出していた家の前の畑には、きれいに整備された野菜のそばで、芥子の花が咲き誇っていた。
そっと家の中にはいると、母の遺体が白い布団に寝かされていた。
気候の良い時期のおかげで、ガラス戸を開いた縁側から、爽やかな風が流れ込んで来る。
おだやかな顔をして、安らかな眠りについているようで安心した。
翌日、柏原の「こもれび」という総裁センターで葬儀を行った。
長男のボクが喪主となり、葬儀の後で参加者にご挨拶をしたが、それが結構ウケていた。
主な内容はこんなもの。
先週、父の入院手続きに母と同行して病院に行き、入院する父を励ましてきたばかりなのに、励ました側が先に亡くなるとは思ってもいなかった。
前夜、兄弟3人で食事をしながら、母の死因を究明しようと相談した。
先日、農業の虫と呼ばれる働き者の母から電話があった。「草刈機が動かなくなったので、何とかして欲しい。」とのことだ。
「じゃ、オークションで中古品を落札しておくよ。」ということで、落札した草刈機を自宅に送付しておいた。
弟が実家に帰ったとき、早速、起動しようとしたが、なかなかエンジンがかからない。
一生懸命エンジンのワイヤーをひっぱている弟の様子を心配そうに覗き込んでいた母は、突然かかったエンジンの白い煙に包まれてしまったのだ。
このときの白煙を吸い込んだのが直接の死因だったと思う。
この思い出の草刈機を母の棺に入れてやろうと思ったが、焼却炉で燃えにくいだろうと思ったのと、働き者の母が、天国へ行く途中で草刈をやらねば、と思われたら困るので止めた。
もう仕事を気にせず、まっすぐ天国に行って欲しい。
・・・・・・・・・・・・
昨夜は、妹の電話に「食事がのどを通らないし、少ししんどい。」と連絡があった。
そこで、「夜には、弟が帰って来るので、ちょっと待ってて。」と答えたのだが、弟が自宅に着いたら、入り口に腰をかけたまま息絶えていたそうだ。
その連絡を聞いた妹がメールを送ってくれたのだ。
葬儀には、久しぶりに顔を合わせる親類縁者の方がたくさん来られた。
焼却場に行く途中の山道には、たくさんの藤の花が咲いていた。
丹波の厳しい寒さに耐えて、ようやく心地よい季節になったというのに、なんで死んじゃったんだろうね。
自宅に帰って、親類の人たちとともに、母の遺品を荼毘に付した。
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