2008年5月26日月曜日

鹿肉はうまいか

先日、丹波市で行われているセミナーの席に丹波市商工会のO氏が来られて、今度の丹波の夏祭りに鹿のソーセージを使った鹿ホットドッグを出そうと思っているが、面白いアイデアはないか?」と話された。

横から、ボクが「ギャートルズの世界を演出したら?」と提案したら、「それは面白い。ばっちりフィットする場所があるんですよ。」と言っていたのを思い出した。

今日は時間があるので、唐突だったがO氏に電話すると、朝来て欲しいとのことだったので、早速、伺うことにした。

名刺を見ると、柏原駅の構内レストランの経営をされていたので、直接、駅のレストランに行って、「鹿肉ソーセージ」を食べさせてもらった。

確かに、普通のソーセージと比べて色は黒いが、味はほとんど変わらない。

「これは、いけますねえ。」

彼は、「そうでしょ。」とちょっと、得意顔。




「これから、ギャートルズのイメージにピッタシの場所に案内しましょう。」と言って、クルマで10分くらいの「悠々の里」に連れて行ってもらった。

そこには古代の竪穴式住居のような建物や宿泊できるテントが並んでおり、近くに、バーベキューができるハウスもある。

「おお、これはいいね。ギャートルズの世界そのものですね。」とボクがはしゃぐ。

「このように、既にインフラが整っているんですからね。後は、如何に活用するかですよ。」

確かにそうだ。一帯に観光客の姿は全然見えない。

う~ん、これは、うまく活用すると面白いかも知れないぞ。





また、先日、経済産業省の公募のヒアリングに参加したとき、「捕獲した動物の処置については検討されていますか?」との質問が出た。

ヒアリング出席者の一人である森林動物研究センターのS先生が、「捕獲した動物の食料としての流通ルートの確立などを研究しています。」と答えられたので、今日は、捕獲後の対応について、森林動物研究センターを訪ねた。

同センターでは、当面、鹿肉の活用について「ニホンジカ有効活用研究会」を開催して、まず鹿肉の料理方法などを研究しているそうだ。

研究会を担当されているT研究員から、現在の状況をいろいろと教えてもらった。

聴くところによると「噂では、鹿肉はバサバサでまずいとの評価だけど、実際食べてみるとうまさは牛肉とそれほど変わらないし、調理しだいでとってもおいしくなる」とのこと。

「実際に、近くで鹿肉の料理を出しているお店があるから、行ってみたらどうですか?」

ということで紹介され、早速お店の店長さんを訪ねた。

そうすると、「鹿肉のレシピは、もう120種類ほど作りましたが、結構うまいですよ。特にもも肉などは塩コショウだけで、おいしく食べられます。」とのこと。

店の近くに旅館「わらびの里」も経営されているそうなので、機会があれば、ゆっくりと鹿肉を堪能したいものだ。


夕方、K氏に自宅に来てもらって、「野生動物をおいしく食べる会を作りたいんだけれど。。」と相談した。

彼は、「丹波は野菜も新鮮だから、「野生動植物」がいいんじゃないの?」と言った。

うん、うん、それはいい。

めちゃんこワイルドな感じがいいから、「ワイルドライフ」という組織名がいいね。

「これで、陰極線ばかりを浴びて、陰気になっている都会人を解放してあげよう」と勝手に盛り上がった。

でも、K氏は「面白いですねえ。」と乗り気になってくれたので、ちょいとやる気になってしまった。

2008年5月25日日曜日

丹波竜の発掘


自宅の表に立っていたとき、偶然通りがかったクルマから、「お~い。何してるんや。」と声をかけられた。見ると、中学時代の同級生のT君だ。「おお、どこへ行くの?」と聴くと、「化石工房!」と言うので、「えっ、俺も連れてってくれ」と頼んだら「ええよ。乗れよ」ということで、彼のクルマに同乗してJR谷川駅近くの「丹波竜化石工房」に行った。

それは、2年前の夏のことだった。
川代渓谷で2人の化石マニア?が、一片の化石を発見したのだが、それが後日1億4千万年前の草食恐竜のものと分かり、大騒ぎになったのだ。

早速、昨年の1月より本格的な発掘が始まり、恐竜の尾っぽのほぼ全体の骨が得られた。夏の間は、谷川の水かさが増して、発掘できないため、この冬に第2期発掘調査が行われたが、そのとき、T君はちょうど定年退職になったので、発掘ボランティアに参加したとのことだ。

参加してみると、彼が現役時代に近くの酪農工場でミルクの成分分析などで培った、顕微鏡の取り扱い技術などが大いに役に立つことが分かって、とても楽しいそうだ。

ほほ~。なるほどね。

彼は、定年退職という時期と化石発見の時期がばっちりマッチングし、しかも自宅の近くだったという幸運に恵まれて、田舎では珍しいアカデミックな活動に参画することができたということだ。




ボクも恐竜やUFO(関係ないか。。。)は大好きなので、何らかの形で参加したいんだけど、情報処理の分野で参加するとなると、恐竜関係の情報整理や情報発信などになるかなあ。

先日、恐竜をネタにしたイベントの委員をやっているK氏に、こんな恐竜祭りをやったら、盛り上がるんじゃないの?と、あるアイデアを提供したが、こういう仕掛けを発信することはできるかもしれないね。

丹波竜の発掘などに関しては、既に詳しいサイトが提供されている。

2008年5月19日月曜日

事業用のクルマとして登録しよう


田舎では、クルマがなければ生活ができないのは事実。

食べ物を買いに近くのスーパーに行こうと思っても、クルマがなければバスかタクシー以外に手段がないのだ。

そのバスが1日に2本程度なんだから、病院の診察に1日かけて行くなどのほかは、ほとんど使えない。

まさか、スーパーやコンビニに行くたびに、タクシーを使うわけに行かないよね。

その上、脳卒中の後遺症で、左半身が少し不自由だから歩いて行くこともままならない。

元気だったら、30分くらい歩くとスーパーに行けるんだけれど。。。

ということで、仕方がないから、中古車を購入した。

しかし、実家の丹波市で車庫証明を受けたいけれど、自宅から近くないと許可が下りない。

現在、ボクの住民登録は大阪市にあるが、大阪市内ではクルマは要らない。

このために、大阪市内に車庫を借りるのも無駄だし、大阪に置いておいても役に立たない。

これから丹波市で仕事をしたいので、昔、大阪市で行っていた「技術士事務所」を実家に移し、そこで開業届けを出すことにした。

会社の営業所などがあれば、クルマの車庫証明が取れるということなので、主に事業用としてクルマを利用することにしよう。(ただし、開業届けは、納税する大阪市で申請)

ただし、個人事務所なので、そのクルマを事業用に使うという誓約書を書く必要があるらしい。



それにしても、「車庫飛ばし」などの犯罪に使われることを防止するためとは言え、純粋にクルマを必要としている善良な市民に不便を強いるようなルールは作って欲しくない。

もし、悪意で行ったという実態があれば厳罰を科すということでいいじゃないか。

思うに、悪意の行為にまともに処罰できる法律がないから、こんなややこしいルールを作って、一般の人に不便を押し付けているんじゃないのかなあ。

ま、時間があったら、どんな法律でどのようなアナがあり、そこを突いた犯罪がどれくらい行われていて、不法行為を行った場合にどれだけの罪があるのか、などを調べてみたいと思う。

2008年5月14日水曜日

寂れた駅

丹波市のボクの実家は、数年前に脱線事故を起こしたJR福知山線で、大阪から約2時間のところにある。

大阪に近い方の駅「石生」(いそう)と、次の「黒井」駅の中間付近に位置する。

もう何十年もの間、地元では福知山線の複線電化を目指して活動を行って来たが、近年は舞鶴自動車道が開通したこともあって、多くの人はクルマで行き来するようになり、ますます鉄道の利用者が減っているようだ。

石生駅は、本州で最も低い分水嶺であり、日露戦争の頃には大阪や神戸から日本海の舞鶴に抜ける運河建設構想もあったそうだ。





しかし、その代わりとして、大阪から舞鶴に鉄道が敷設され、現在の福知山線になったのだ。

時代は変り、現在の輸送は、舞鶴自動車道がその役目を担っている。

大阪の近郊では、宝塚~篠山口間が待望の複線電化が行われ、三田(さんだ)などの沿線開発が急ピッチで進んだため、乗降客が大幅に増えた。

しかし、篠山以遠は、一気に乗客が減って、丹波市の駅はどこも寂れる一方で、比較的賑やかだった駅前もぺんぺん草が生えるばかりの状況だ。

黒井駅も、駅周辺は商店街どころか住宅も少なく、人の姿もあまり見かけないほどだ。

2008年5月1日木曜日

親切なサービスも。。。

田舎ではクルマが不可欠と書いたけど、クルマがあっても困ることがある。

それは、農業では機械化が進んでおり、トラクタなどに軽油やガソリンが結構必要になる。

それらを購入するとなれば、近くのガソリンスタンドにクルマで行って、ガソリン保存容器に入れてもらって持ち帰ることになるんだけど、保存容器に油がついていたり、もれたりするとクルマが汚れるので、本来は軽トラックや作用用のクルマを持つべきだろう。

しかし、残念ながら、ボクのも妹のも普通の乗用車なので、油のにおいや汚れが車内に残ると、とてもつらい。

そこで、スタンドに電話をして、持ってきてもらえる?と聴くと「いいですよ」とあっさり引き受けてくれ、スタンド作業に余裕ができたら、専用の車両で届けてくれた。

100円ほどの手数料が必要だったけど、これは便利だ。

やっぱり、田舎であれば、それなりのサービスがあるものだね。




しかし、そういうサービスがあることを田舎で暮らしている母親が知らない。

母親の時代は、すべて自分で行い、人の手を借りないことが主体的な生き方だったんだろうね。

最近は、何でも社会のせいにして、使いまくることが社会的だと思っているフシがあるので、どちらが良いとは言えないけれど、それにしても社会的なサービスが提供されているなら、不自由さを必死で我慢するのでなく、感謝して受け入れればいいと思うんだけどなあ。

でも、「人様の世話にならないで、可能な限り自分でなんとかしなければ」という自律の精神は現在の社会の崩壊を回避する1つの手段でもあるけどね。

なんでも、社会や行政のせいにして、社会に役立とうと思わない人間が増えれば、コストのかかる社会になり増税という負担がかかってくるのは止むを得なくなるだろう。