2008年9月30日火曜日

地域興しについて



丹波のNPO活動で幅広く活躍している小橋氏と話し合った。

彼は、丹波地域に永住する人を京阪神から呼び込もうとする活動なども行っている。

ボクも、丹波市をベースに何らかの事業展開をしようと思い、猪の捕獲に挑戦したが、事業への資金集めを企んでいたが、成果が出ないうちに和歌山のNPO活動に専念することになった。

そこで、しばらくの間、遠隔で情報交換しながら、それぞれのNPOで連携できるような方策について相談した。

その後、柏原駅のレストランで猪ラーメンを食べながら、大阪行きの電車を待ちながら、引き続いておしゃべり。

ここでは、どういう訳か、ボクが入院したときの話になって、発病のいきさつやリハビリで発見したいろいろな事柄を興味深く聞いてもらった。



2008年9月27日土曜日

母との買い物

母が買い物に行きたい!というので、クルマで近くのショッピングセンターに同行した。



クルマは、近くの畑の奥の車庫に置いているので、クルマを出しに行くと母が畑の入り口でチョコンと待っていた。

目的は、銀行や食材屋に行ったり、これから蒔く野菜の種を買い求めていた。

今日は、ほうれん草の種を買ったそうだ。

「これから種を蒔くと遅いですかね?」と店の人に聴いていた。

「いえ、ほうれん草の種まきは暑さが去ってからの方がいいので、ちょうどいい季節ですよ。」

そうか、近くの畑で採れる野菜の多くは、こうして種を買って蒔いているのだ。

いままでは、毎年、残った根から生えてくるような気でいた。



その後、食材を買うためにスーパーに行った。

2回へのエスカレータは自然に使えたのに、降りるエスカレータに乗るのにやたら手こずっている。

「下向きのエスカレータに乗るのはちょっと怖いなあ。。。」だって。

あまり慣れていないと、そんな感じになるのかなあ。

クルマで自宅に戻ったとき、改めて玄関の周りを見ると、前栽の木々の葉がすごく少ないではないか。

母に聴くと、昨日、庭師に来てもらって庭の木の剪定をしたそうだ。

ここには大層な木はないけど、家を取り囲むように植栽しているので、結構手間取ったそうだ。

2008年9月7日日曜日

 稲の取り入れシーズン到来




この間、ようやくボクの部屋の石油ファンヒータを使わなくなって、すぐに田植えをして、先日花火を見たばかりなのに、もう稲刈りのシーズンが到来した。

何と3ヶ月余りで、田植えのときに植えた5本くらい早苗の1セットが、あっという間に100本以上の稲の束となってすごい数の穂が実るのだ。

考えてみればすごいことだ。

今年は、先日、弟が稲刈りをしてくれたので、今日、ボクは稲穂から米を取り出す籾摺り(もみすり)作業を行うことにした。

毎年のことだけど、籾摺り機の操作確認を農業機械販売店の技術者に行ってもらい、1年振りの機械が無事に始動。

86歳になる母と、手伝いに来てくれた母の妹とボクの3人で作業をした。

例年なら、最も重い米袋の移動などを主にボクが担当していたのだが、まだ手足が不自由なので、母たちが苦労して動かさないとならなくて気の毒だったけど、なんとか今日の作業は無事に片付いた。



籾がもう半分残っているのだが、籾摺りの前に24時間程度の乾燥作業が必要で、今日は乾燥機に残り分を搬入するところまでだ。

現在は、最新式の機械ではないものの、乾燥機から籾をパイプで自動的に籾摺り機に流し込み、自動的に量を計測して袋に詰めるので、昔から比べると非常に簡単な作業になったことは事実だ。

昔は子供なりに手伝っていたが、穫り入れ期間中は死ぬほど忙しかったし、深夜まで作業が終わらなかったものだ。

学校だって農繁期休暇があったんじゃなかったっけ。

 

  

夜汽車も一興

大阪から丹波に帰るときは、どうしても夜になることが多い。

今日も、大阪発10時頃の福知山行き快速急行で帰った。

それでも、途中の尼崎駅から快速に乗ると、土曜日なのにすごい人の数でとても座れる余地はない。

宝塚駅でかなりの乗客が下車し、ようやく座れた。




最大のベッドタウンである新三田駅でどっと乗客が降りて、それ以後はガラガラで、ゆっくり帰れる。

その代わり、やたら停車してやたら時間がかかる。

ようやく、目的の黒井駅で降りるとタクシーがいない。

先に下りた客が使っているらしい。。。

そういうことで、夜間無人駅で1人寂しく30分余り待つことになった。

ま、急ぐ旅でもなし、のんびりと夜の駅で何枚か写真を撮ってみた。

秋の虫の音が派手に聞こえる静かな駅で、一人、パシパシと携帯デジカメで写した。

この静けさは、それなりにいい雰囲気だけど、このような活気がない状況でいいのだろうか?