兄弟の誰かが実家に住むというのが理想だが、なかなか難しい。
自分は経営していた大阪の会社を解散して、丹波の自宅を拠点にして仕事をしてみようと「技術士事務所」をこちらに移し、大きな荷物を運んで準備を進めた。
ところが、障害者なので農業は無理としても、何らかのコンピュータ関係の仕事がないかと探したのだ。
丹波市在住の友達とも相談し、丹波市の職員の方とも話し合ったが、結局、兵庫県立大と害獣対策事業を獲得したに留まった。
いろんな人に相談したが、丹波には、ボクのできそうな仕事はなかなか難しいようだ。
妹も、嫁ぎ先の親類の人が農業をしたいと言っているので、ひょっとしたら移り住んでくれるかもと期待したが、ダメだったそうだ。
弟はかつて丹波の実家で農業に携わっており、彼の妻もしばらく住んでいたこともあるので、最も期待できると思ったのだが、直接弟に聴いてみると「実際住んでみたら、ずっと住み続けるのは我慢できなかった。今後も、その気はない。」との冷たい返事。
と言って無人で放っておくと、家は傷みが早いので何とかしないといかん。
丹波市のためにこの家が有効活用できれば、などの話をしていたら、そのうち、丹波市が就農希望者を募集しているとの話を聴いた。
もし、そういう人があれば、我が家もどうすれば良いか検討しているので、一度お会いしてお話できればと言っておいた。
そうすると、3月に「1人、神戸の方で、丹波への就農希望者がおられますが。。。」との連絡があった。
そこで、ボクが兵庫県立大学で行われた会議に出席するついでに、まずはお会いしようと神戸でお会いした。
若い夫婦でお会いすることができたが、明るくていい人だった。
最初に、「私のほうは、まだ、兄弟の了解も親類への説明もしていませんので、すぐにというのは難しいのですが、」と切り出した。
しかし、農業に携わりたいと言う気持ちは、都会で事業に失敗したなどという後ろ向きの話でなく、神戸で営業しているラーメン屋は繁盛していてテレビ雑誌で紹介してもらっているが、「こんなことで稼ぐのでなく、自分で作った本物の野菜を食べてもらうレストランを開きたい。」との思いで、丹波で土地を探しているとのこと。賃貸期間もその準備をする1年間のみとのことだったので、そのような条件であれば、取り敢えず兄弟に確認してみることにした。
白浜の自宅に帰って妻に話すと「それは、いい話じゃない。」と喜んだが、兄弟からは「貸さないで。」とのメールを受けたので、この話は遭えなく頓挫してしまった。
村の区長さんや農会長さんにも、その経緯を説明しておこうと、丹波を訪れたのだが、ちょうど村の総会がある日で、公民館に村の主だった方が集まってもらっていた。
区長さんなんかは、うわさで凡そのことは聞いているとのことで、あまり経過などを詳しく説明する必要はなかった。
さすがに田舎のコミュニティはしっかりしている。と言うべきか、他に話題がないので、手ごろな話の種になっていたのか、その辺りは良くわからん。
しかし、区長さんから「一周忌も済んでいないのに、ちょっと早すぎるんじゃないか?」との意見をもらった。
確かに早過ぎたんだけど、ビジネス感覚で考えると、行政が関係しておまけに田舎でこんなに早く話が進むとは思っていなかった。
今回、関係した人が都会の方だったからだろうと思う。
この件で、田舎と都会のビジネス感覚の違いを肌で感じたが、この地で、ボクがやりたい情報関係のビジネスが受け入れられないのも当然であるという感覚を感じたことだった。
都会の合理主義が良い、田舎のコミュニティが良いということではなくて、両者の感覚の違いが理解できないとダメだな。
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